読みもの

2020/07/10 11:00

「TURNS商店」では、地域と作り手のストーリーがギュッと詰まった逸品を全国各地から集めてラインナップしています。
連載企画「作り手と出会う vol.2」では、その中から、和歌山県海南市の「FROM FARM」さんをご紹介します。

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地域で、担いたい役割をつくっていく

新大阪駅から特急で1時間の和歌山市街地。そこから車で40分ほど南下すると、山肌に段々畑が広がり始める。ここはみかんやはっさくをはじめとする柑橘類の産地、和歌山県海南市下津町。


「見どころがたくさんあるから、どこをご案内するか迷いますねえ。複雑な入り江になっている海に、標高差が大きい陸地。場所によって見える景色が全然違うんですよ。この立体感、おもしろくないですか?」と町を案内してくれたのは、大谷幸司さんだ。


生まれ育った下津町にUターンしてから、2019年で12年目。専業農家として菊の栽培に力を注ぎながら、これまでにない視点で農産物にスポットライトを当てるブランド「FROMFARM」を2014年に立ち上げて、和歌山県産の果物と山椒を使ったオリジナル商品の開発を始めた。それから5年も経たずしてFROMFARMの商品は全国で愛されるようになり、2019年3月には生産者とお客さんとの接点をつくるカフェ「Kamogo(カモゴ)」をオープンしたばかりだ。


地域における役割を見出し、自分だからできることを仕事にしていく。そんな大谷さんだが、この町で生きることをずっと楽しめていたわけではない。
「中学生の頃から、都会のほうがおもしろそうだな、と憧れを抱くようになりました。専業農家だった父親の仕事にも、当時はマイナスのイメージを持っていたんです。生まれ育ったこの町にも農家の息子であることにも、正直引け目を感じていましたね」


しかし、一度離れた後に戻ってきたら地元にたくさん宝物があると気づいた大谷さんは、一つの決断をする。順調に収益をあげていたタイミングで専業農家をやめ、片手間で続けていたFROMFARMの商品づくりを本業にシフトしたのだ。安定して生活できる見通しが立つ道よりも、まだ誰も歩いたことがない道へ。その選択を正解にするべく奮闘する大谷さんの姿には、「地域や農業のために動こうとする想いを強く感じるし、実際にここまで行動できる人はなかなかいない」と他県のローカルプレイヤーも感嘆するほどだ。


大谷さんのSNSには、故郷へのこんな想いがつづられていた。「海があり山があり、農業が営まれている自分の育った田舎の景色と、人々の営みを愛しています。この小さな谷あいの田舎町の新しい景色を見てみたい、つくっていきたい」。かつてはコンプレックスすら感じていた地元で、大谷さんは今、どんな未来を描いているのだろう。

親子からお年寄りまで幅広い年齢層のお客さんが集う。 週末にはSNSをきっかけに、和歌山市内や県外から足を運ぶ人も

 

外からのリアクションが、地域を変えていく

2019年3月、海南市下津町にオープンした「Kamogo(カモゴ)」。10年以上使われていなかったこの建物と大谷さんを引き合わせたのは、海南市とJAだった。「ここが、地域を盛り上げる拠点になるはず」。そんな予感に惹かれた大谷さんは、つながりのある農家さんや地域住民に呼びかけて、建物を活用するための協議会を20名以上で立ち上げた。


話し合いと準備を重ねてスタートしたのが、このKamogoだ。まずはカフェとして、地域の農産物を使ったメニューを提供中。今後は農家さんによる直売スペースを充実させたりイベントを開催したりして、誰もが気軽に集まれる交流の場、そして農業の魅力を伝える発信基地に育てていきたいと大谷さんは考えている。


「農家さんは何十年もこの土地で生きてきて経験が豊富だからこそ、『常識』に疑問も持ちにくくなる側面もあるのではないかと感じています。たとえば傷がついたみかんは果物として出荷できず、10kgあたり100〜250円の加工用でしか売れません。これが常識になっているから、中身はおいしくても『傷物のみかんに価値はないもんだ』と思い込んでいる。でも、県外からおとずれたお客さんが加工用のみかんを生搾りしたジュースを飲んで、『すごい!おいしい!』って感動するんです。その声に直接触れることで、『これって価値あんねんや』と初めて農家さんの意識に変化がうまれます。そうやって今までにない目線を知ることで、農家さんが仕事にもっともっと誇りを持てるようになったらいい。だから、まずは産地や農業に関心を持つ地域の外の方に向けて発信し、下津町でお迎えすることが一歩目。この町に生まれて、都会で暮らした経験もある僕が、地域の中と外をつなげる役割を担おうと思っています」

傷がつくと果物として出荷できず、ジュースなどに使う加工用みかんとして安く買い取られる。一方で、加工用の需要は増加中。この差に疑問を持ったことが、大谷さんのスタート地点になった

一度離れたからこそ発見できた宝物

町で担いたい役割を見つけ、率先して新しい取り組みに挑戦している大谷さん。しかし、積極的に生まれ故郷に戻ったわけでも、Uターンした当初からやりたいことを見出していたわけでもない。
「就職して7年間は愛知県で過ごしていたのですが、農家の長男である以上いずれは僕が家を継がなきゃいけないんだろうな、と心のどこかで思っていましたね。結局父親の病気をきっかけに故郷に戻り、家業を継いで菊の栽培を始めたのが29歳のとき。もともとみかん農家だった父は、事業を拡大しようとしてうまくいかずに借金を抱えていて。しかも当時は寝たきりだったから、農業のことを教えてもらえない。『自分でなんとかしないと』って必死でした」


とにかく目の前のやるべきことにぶつかることで、専業農家になって4年目でようやく事業が回り始めた。その過程で大切な発見があったと言う。「地元に戻ったことで、離れるまでは気づいていなかった魅力を知りました。そして家を継いで初めて、農業にも楽しさと将来性を感じ始めた。産地であることは、下津町の強みなんですよね。ただ、地域の中でその魅力に気づいている人が少ない。むしろ子どもには農業を継がせないと決めている人が多かったし、耕作放棄地が年々増えていっている。その現実を前に、僕が農業について考えたことや町の魅力を伝えるにはどうしたらいいんだろう、と模索するようになりました。もしかしたらこの視点を、下津町で自分だからできることにつなげられるんじゃないか、と思ったんです」

 

自分の人生を、初めて選んだ瞬間

「地元」と「農業」を発信していくために、すでにあるものを活かしてできることをやろう。そう考えて選んだ手段は、商品をつくって届けること。農業を続けながら加工場を立ち上げて、開発を始めた。全国生産量のうちの約70%を和歌山県産が占める山椒を、もっと身近にしたいとの想いから始まったハーブソルト。傷や形が規格外で出荷できない果物を活用した、ドライフルーツとグラノーラ。産地から発信したいとの想いを込めて『FROMFARM』と名付けたブランドのオリジナル商品は、全国のセレクトショップに置かれて話題になっていった。

インターネットでも購入できるFROM FARMの定番商品は、ドライフルーツ

自分の発信から、産地に興味を持つ人が増えるかもしれない。そんな手応えを感じた大谷さんは、大きな決断をする。順調に収益が上がっていた農業から、商品づくりを手がかりに「農業の可能性を広げること」を本業に移したのだ。「そのまま農業を続けていけば、生活は安定します。でも『これは現実を変えられるかもしれない』『もっとこうできたらいいのに』と感じていた課題を解決できる手段は、菊の農業じゃなかった。今やれることを見つけたんだから、やってみようと決めました」。


このときの大谷さんは35歳、3人のお子さんがいるお父さん。決意を後押ししたのは、大谷さんが長らく抱えてきた葛藤だった。

「下津町に戻ったことも菊の農業も、『こういう状況だから仕方なくこの町で農業をやっているんだ』と心のどこかで思っていました。農業を楽しめるようになっても、『なんで僕がこれをやらないといけないんだろう』と不満を捨てきれなくて。うまくいかないことがあると、『僕はやりたくてやっているわけじゃない』と言い訳する。本当は、親や環境のせいにして逃げている自分が嫌でした。そういうネがティブな動機は、ちっともパワーにつながらないんですよね。でもFROMFARMを始めたことで、心からやりたいと思うこと、そしてこの町にいる意味を初めて見つけることができた。ここから自分の人生を選んでいくチャンスだと感じました。これが一番強い動機だったのかもしれない。自分で選んで、自分の人生をちゃんと生きたかった」


葛藤から逃げずに、やりたいことを模索しながらFROMFARMという一つの挑戦をしたことで、大谷さんは気づいた。都会より選択肢が少ないと思われがちな地域にいようと、長男として家を継ぐ身であろうと、自分で決めた一歩から人生を切り拓くことができるのだ。

「僕が子どもの頃は山肌がすべて段々畑だったけれど、今はところどころ林のようになっている。あれが耕作放棄地です」と大谷さん

 

農業が「信じること」を教えてくれた

新たな一歩を踏み出した大谷さんは、下津町での役割を次々と見出していく。現在大谷さんが取り組んでいるのがKamogo、そして「蜜柑援農(みかんえんのう)」だ。後者では人手を必要とするみかん農家と若者をつなげて、農業に興味を持つ入口をつくっている。人手不足を今まさに痛感している産地では、農業の将来は悲観されやすい。


「食を支える現場では、後継ぎと人手不足の問題がある。でも食べることは、時代が変化しても必要とされますよね。つまり、需要はあるのに担い手がいない。これってチャンスじゃないですか?これからの農業には、希望が広がっています」。だからこそ、大谷さんはずっと「農業」をテーマに「自分に何ができるのか」の問いと向き合い続ける。


FROMFARMのブランドを立ち上げてから5年。大谷さん自身に変化はあったのだろうか。

「うーん、変わらないかな。そのときにできることをやったら、自分が担える役割が少しずつ増えていっただけ。農業に感じる課題もおもしろさも、専業の頃からずっと同じです」


これまでは一人のプロジェクトだったFROMFARMから、地域の人を巻き込んでアイデアを一緒に実現していく「産地」としての取り組みへ。大谷さんにとって新たな挑戦となるKamogoオープン直前、こんな決意をつづっていた。「この小さな田舎町に、新たな希望の芽がいくつも生まれる未来を想って。今はチャレンジの時です」


とはいえ、外からの刺激が入りにくい地域を舞台に、将来を嘆かれている農業の分野で「チャレンジ」を続けることは簡単ではない。それでも大谷さんが、「その先」を信じていられる理由。「菊の農業での経験が、僕に確信を持たせてくれています。人間には成長していないように見えても、グッと根を張ったり葉を厚くしたり、見た目ではわかりにくいところで日々変化していく。毎日見ることで、ようやく見えてくるものがある。生きることと向き合う農業が、そう教えてくれました。だから、急いで一つのことに成果を求めるつもりはありません。何かが残ればラッキーだし、気づいたら10年後には景色が変わっているかもしれない。そういう積み重ねが、未来を良い方向に変えていくと信じています」


人生も地域の可能性も農業のこれからも、今日を着実に歩むことでその先が拓けていく。そう知っているから、大谷さんはいつだって希望を見失わずに、今日もより良い明日を描き続ける。

 

(文:菊池百合子 写真:寺内尉士/TURNS vol.36より)


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